地図と羅針盤  2010年10月 3日 11:41

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私は小さい頃から地図が好きで、小学校2年生くらいのときに日本地図を買ってもらって以来、今でも地図や鉄道には目がない。


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昔は今と違って高速道路網も整備されておらず、長距離移動は専ら鉄道であった。大阪方面なら「雷鳥」、米原・名古屋方面なら「加越」「しらさぎ」、東京方面なら「白山」と決まっていたが、如何せん、年に一度乗ることができるかどうかという高嶺の花であった。そうであったからこそ、長距離の鉄道移動に有り難みを感じていたのであろう。乗っているときは必ず地図を片手に今どのあたりを走っているのか、全行程のどのあたりまできているのかということを確認していたように思う。


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時は流れ、その当時の自分と同じくらいの年齢の子供を持つようになった今、私は会社の財務に関わる仕事に就いている。我々の仕事は会社の経済活動を記録し、決算書にその一年間のストーリーをまとめることだ。財務や決算というと無味乾燥な数字の羅列に見えるためか、難しくて分からないと敬遠されがちなところがあるのは残念なことだ。実際、決算の説明をしに行ってもうん、うんと頷くことしかできない社長が少なからずいらっしゃる。このような事態を招いているのは他ならぬ我々職業会計人の責任だと日々、痛感している。


このようなことから考えると、財務や決算に表わされた数字に命を吹き込むのが仕事。一年間会社がいろんな取引を行ってきてその結果を一年に一度鏡に映してみるのが決算だと位置づけると、そこに記される数字は決して無味乾燥なものであってはならないはずだ。このことは、決算が会社の年譜であり歴史の記録であると位置づけると明らかだ。


それと財務・決算にはもう一つの重要な役割がある。それは、会社経営における地図と羅針盤の役割を果たしているということだ。先に少年時代の私の話をさせてもらったが、東京に行こうと思うから「白山」に乗り、大阪に行こうと思うから「雷鳥」に乗る訳だ。その上で、東京や大阪までの道のりのうちどの当たりまで来ているのかを確認する。会社経営でも同じで、どこに進もうとしているのか、その目的達成までの道のりのうち、今どの辺にいるのか、さらに、軌道修正が必要なのかどうか、どのタイミングで軌道修正するのかといったことを判断する材料が必要となる。その判断材料のうち大きな位置を占めるのが財務・決算だ。ところが、その地図や羅針盤を持たないで大海原に旅立つ会社が多い。いわゆる、勘の経営だ。これはこれで何とかなる場合もあるが、現代のように経営環境が目まぐるしく変わる時代にあってはいつどこで地雷を踏んでしまうか分からない。


では、どうしてこのように重要な経営上の武器である財務・決算が敬遠されてしまうのか。


一つには、会計の答えは必ずしも一つとは限らないということが挙げられるだろう。例えば、一台8万円のパソコンを購入・使用しているが、これを消耗品として全額費用にするか備品として資産に計上して減価償却するかは会社が選択できることになっている。もちろん、8万円全額を経費にすれば減価償却に比べて利益の金額が少なく計算されることになるが、どちらも正しい処理だ。このように会計処理には、いくつかの選択肢があり、いずれを選んでも正解という場合が少なからずある。個々の組み合わせを考えると同じ決算でも無数の「正しい利益」が算出されることになる。会計というのはそういうものだ。ここのところを誤解してしまうと「どっちの処理にしても通るなんて、会計っていうのは所詮、いいかげんなものだ。信用できない」という認識となってしまい、この心強い経営の武器を使おうとしなくなってしまうのだろう。


もう一つには、専門性という意識が挙げられるのではないか。会社を経営するのに簿記の勉強をしてから社長になられた方はごく少数派のはずだ。会計=簿記という意識から、専門的なことは自分には分からないという意識が芽生え、財務・決算から経営者を遠ざけてしまっているのではないか。無論、経営者に簿記の知識など不要である。社長は結果の報告を受けて経営判断をするのが仕事だからだ。


このようなことから、最近特に決算においては社長に端的な今期の特徴を分かりやすく説明しようということを心がけなければと強く意識するようになった。そこに記されている数字に命を与え、経営の地図と羅針盤を有用に提供して差し上げたい。日本地図を目を輝かせて見ていた少年時代の頃のように。

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